凸斜面(ノール)
雪が引っ張られて切れやすい。見た目には滑りやすい快適な斜面に見えることがあります。
Avalanche Field Guide / Free Learning Resource
雪と天気は変わる。でも地形は変わらない。まず「どこで起きるか」を読むための、AARIの無料雪崩入門です。
地形から読む結論から言います。海外の調査では、雪崩事故のおよそ9割は、巻き込まれた本人か仲間が引き金を引いて起きています(※この数字は海外研究機関の傾向値で、日本の全事故をそのまま表すものではありません)。それでも、空から突然降りかかる災害ではなく、私たちの選択の結果として起きている例が多い。厳しい事実ですが、同時に希望でもあります。引き金を引かない選び方を知れば、その多くは避けられるからです。
雪も天気も日によって変わります。でも、雪崩が起きうる斜面の“かたち”は基本的に変わりません。だからこのページは、「出会わないための、地形の読み方」から始めます。バックカントリーをする人はもちろん、ロープの外に出る人も、雪山を歩く人も、雪国に暮らす人も歓迎です。専門用語は、出てくるたびにかみ砕きます。
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海外傾向値としての「人が引き金」
01 / Mechanism
雪崩の多くは「弱層」「その上の固い雪の板(スラブ)」「引き金」の3つがそろったときに起き、最も警戒すべきは前兆がほとんどない面発生タイプです。
雪山で本当に警戒したいのは、斜面の雪が板のまま、一気に滑り落ちる雪崩です。積もった雪の中にひそむ「弱い層」が、その上の固い板を支えきれなくなったときに起きます。弱い層の一点が壊れると、その壊れは板の下を横へ横へと走り、つながった広い面が同時に支えを失って一斉に動き出します。やっかいなのは、こうした雪崩は「ミシッ」という音や亀裂といった前ぶれがほとんど出ないこと。だからこそ、目に見える前兆を待つのではなく、しくみと条件を先に知っておくことが、自分の身を守る最初の一歩です。
Why it matters
当研究所・八方尾根の管理エリアのデータでは、冷たく乾いた雪のときのウィンドスラブ発生率は、温かく湿った雪のときの約3.6倍でした(くわしくは第4章)。
答え:面発生。前兆が乏しく、規模が大きく速いため、最も警戒が必要です。
弱層・スラブ・引き金は日によって変わる条件。一方、斜度や地形は変わらない条件です。だから次は、変わらない「地形」から読んでいきます。
02 / Terrain First
このページの主役
雪崩の大半は斜度30〜45度の斜面で起きます。地形は変わらないから、「今いる斜面のかたち」は、目で確かめられる最も確実な判断材料です。
雪崩は、どんな斜面でも同じように起きるわけではありません。記録された多くの雪崩は、斜度がおよそ30〜45度、スキー場でいう中級から上級コースくらいの傾きの斜面で起きています。もっと緩ければ雪は流れ出しにくく、もっと急だと雪がたまる前にこまめに落ちるので、かえってまれです。天気も雪の状態も日によって変わりますが、斜面の「かたち」だけは基本的に変わりません。だからこそ、まず身につけたいのは「ここは雪崩が起きやすい地形だろうか?」と問う習慣です。これは山をあきらめる知識ではなく、どこなら安心して楽しめるかを自分で選ぶための、いちばん確実な第一歩です。
Slope ruler
38°雪崩が起きやすい斜度(30〜45度)。ピークは38〜40度付近。
雪が引っ張られて切れやすい。見た目には滑りやすい快適な斜面に見えることがあります。
沢・谷・くぼ地は、小さな雪崩でも深く埋まりやすい場所です。
崩落の通り道になる。上に雪庇が見えるときは、下で長く止まらない。
木の間隔がおおむね5m以上だと支え(アンカー)が効きにくい。ただし「木があれば安全」ではありません。
出発前には、国土地理院の傾斜量区分図で、行く斜面の傾きを地図で確かめられます。地理院地図(maps.gsi.go.jp)で重ねて表示できます。※傾斜量区分図は「急さ」を示す地図で、雪崩危険度そのものではありません。解像度で拾えない小さな斜面もあります。
03 / Danger Scale
危険度スケールは「今日どれだけ慎重になるか」を5段階で示す世界共通のものさし。いちばんの落とし穴は中間のレベル3「Considerable(警戒)」で、ここで最も多くの人が亡くなっています。
危険度スケールは、天気予報の傘マークに似ています。雪崩予報機関が「今日この山域で、雪崩がどれくらい起きやすいか」を5段階の数字と色で教えてくれる、世界共通の目盛りです。数字が大きいほど慎重さが必要、というだけのこと。ここで覚えてほしいのは一つだけ。一番危ないのは、実は中間のレベル3「Considerable(警戒)」です。低いレベルは危険そのものが少なく、高いレベルは誰の目にも危ないと分かるので、人は入りません。だから、行けそうに見えて実は危ないレベル3に、最も多くの事故が集まってしまうのです。
北米や欧州では公的機関が地域ごとに毎日5段階の予報を出しますが、日本では公的な雪崩予報は限定的です。気象庁の「なだれ注意報」は防災情報で、この5段階スケールとは別物です。だから日本では、民間の日本雪崩ネットワーク(JAN)などの雪崩情報を、自分で確かめに行く必要があります。
答え:レベル3(Considerable/警戒)。「行けそうに見えて、実は危ない」段階だからです。
04 / Avalanche Problems
雪崩は5タイプに分けると、いつ・どこを警戒すべきかが見えてきます。日本の山では「目に見えない古い雪の中の弱い層」が最大の落とし穴です。
雪崩は、ひとくくりにできません。原因も振る舞いも違う雪崩を、ここでは世界共通の枠組み(EAWSの「5つの雪崩問題」)にならって5つのタイプに分けて見ていきます。なかでも気をつけたいのが『持続型弱層』。古い雪の中に潜んだ弱い層が、晴れて安定して見える日でも、人の重みで突然すべり出すタイプです。日本では、この弱い層は霜の仲間(しもざらめ雪・こしもざらめ雪)であることが多いと言われます。見た目では分からない。だからこそ、種類を知っておくことが身を守る最初の一歩になります。
まとまった降雪+風がきっかけ。降雪中〜後の24〜48時間がピークで、その後は落ち着く傾向。
風が雪を風下へ運び、板状に固める。尾根の風下・沢の片側・吹きだまりに。踏むと「ボフッ」と沈み、表面が硬い。局所的だが行動者をよく巻き込む。
古い雪の中の弱層が数日〜数週間残り、晴れて安定して見える日に突然破断する。日本では霜系の弱層(しもざらめ雪・こしもざらめ雪)が代表的。
気温上昇・日射・雨で水を含み弱る。春・暖気・雨のあと・午後に。雪団子・重い足どり・にじむ水が手がかり。
積雪全体が地面の上を滑る。前兆は三日月状の裂け目(グライドクラック)だが、いつ落ちるかの予測は難しい。
Happo wind-slab data
単位は瞬間最大風速(突風)m/s。冷たく乾いた雪ほど弱い風で板になり、温かく湿った雪ほど強い風が要ります。
乾いた冷たい雪のときは、ウィンドスラブの発生率が約3.6倍。
答え:持続型弱層。古い雪の中の弱層が残り続け、人の重みが引き金になります。
05 / Decision
予報(危険度)は出発前の判断、現地の赤旗は当日の上書き。両方を重ねて読みます。赤旗が複数出たら入らない、を先に決めておきましょう。
危険度予報は、出発前の見立てを作るための大切な道具です。でも予報は、昨夜の気温や、今朝あなたの足元で鳴った音までは知りません。だから当日は、予報という見立ての上に、現場で目と足が拾うサイン、赤旗を重ねて読みます。予報を捨てるのではありません。予報で計画し、現場で上書きするのです。そして出発前に一つだけ決めておきましょう。「赤旗が3つ出たら、その斜面には入らない」。迷ってから決めるのではなく、迷う前にルールにしておくのが、自分を守るいちばん確実な方法です。
「前にも何度も滑ったから、大丈夫」
「ベテランがいるから、ついていけば安心」
「ここまで来たんだから、行かないともったいない」
これらは誰の頭にも浮かぶ自然な声です。だからこそ、個人の思い込みではなく、予報+現場で拾った事実を重ねて判断します。危険度スケールの読み方は第3章に戻って確認できます。
上の7つに加え、急斜面のトラバース中の違和感、過去24時間に30cmを超える降雪、強風の継続なども「立ち止まって考える」サインです。サインは「数えて、ルールで判断する」もの。気合や勘ではありません。
06 / Rescue
雪崩に遭った仲間を助けられるのは、その場のあなたたちだけ。装備3点を全員が持ち、使い方を知り、「まず管理(リーダー・人数・二次雪崩)」から動きます。ただし装備は事故を防ぎません。防ぐのは、ここまでの地形と判断です。
雪崩に埋まった仲間を助け出せるのは、ほとんどの場合、その場に一緒にいるあなたたちだけです。警察や消防、山岳救助隊が駆けつけるまでには、深い山だと1時間以上かかることも珍しくありません。一方、雪に完全に埋まった人の生存率は、最初の十数分はまだ高いものの、そこから坂道を転がるように下がっていきます。だから救助の主役は、外から来る誰かではなく、仲間同士なのです。
電波で探し・知らせる小型無線機。全員が装着し、入山時に電源と送受信を確認。
雪面に挿し、深さと位置を一点に絞る伸縮棒。
締まった雪を掘る金属製スコップ(プラ製は歯が立たない)。
3点はワンセット。1つ欠けると鎖が切れます。
この図で実地ができるわけではありません。手順は講習で体に覚えさせてください。
三点をそろえ練習しても、それは「助かる保証」ではなく「助けられる可能性を少し上げる保険」です。装備があるから危ない斜面に入ってよい、にはなりません。いちばん確実な救助は、雪崩に遭わずに帰ること。だからこそ、このページ前半の「地形と天気を読む目」が効いてきます。
07 / Next Step
このページは雪崩を「知る」入口にすぎません。本当の判断力は、信頼できる情報を読み続け、実地講習を受け、装備をそろえて初めて身につきます。
このページは、雪崩を「知る」ための入口です。ここまで読んでも、まだ雪山を安全に判断できるわけではありません。世界中のどの雪崩教育機関も同じことを言います。本やWebだけでは足りない、と。次の一歩は、実地講習を受けること、ビーコン・プローブ・ショベルをそろえて使う練習をすること、そして一緒に学ぶ仲間を持つことです。脅すためではありません。あなたを山から締め出さず、もう一段安全に山と付き合ってもらうための、現実的な道しるべです。
知識を体で覚える。JAN等の講習へ。
三種の神器をそろえ、使う練習を。
一緒に学び、助け合える同行者を。
「変わる危険度」を出す試み。あてはまり(AUC)は同シーズン内≈0.78/新シーズン≈0.68の参考指標。最終判断は人が行います。
DATA雪崩データベース7シーズン2,580件の雪崩記録。地形・気象・雪質を結びつけた、判断の土台となるデータ。
このページや雪崩情報を、誰でも無料で読めるよう続けています。役に立ったら、活動を支えてもらえると、次の一本につながります。
活動を支える今日いちばん大事なことを一つだけ持ち帰るなら。地形は変わらない。だから、行く前に地図で斜度を見ること。
References