ノルウェー北極圏のトロムス県を対象に、機械学習(ランダムフォレスト)を使って1970年代から現在までの雪崩傾向を再構築し、さらに2100年までの将来を予測した研究が、氷雪圏科学の専門誌『The Cryosphere』に掲載された(UiT北極大学・ノルウェー気象研究所のEiselt & Graversen、2026年4月)。最大の発見は、温暖化が進んでも雪崩の総危険度はむしろ緩やかに下がる一方で、その内訳が「乾いた雪の雪崩(乾雪雪崩)は減り、湿った雪の雪崩(湿雪雪崩)が増える」という、雪崩の“質”そのものの転換が起こるという点である。研究チームは、この変化が現行の雪崩予報の前提を揺るがしかねないと指摘している。

観測データの不足を機械学習でどう埋めたか

過去にさかのぼるほど、雪崩そのものの観測記録は乏しくなる。ノルウェーでも体系的な雪崩公報(Norwegian Avalanche Bulletin)が始まったのは2013年で、1970年代までの長期再構築には、雪崩の直接観測データが圧倒的に足りない。

そこで研究チームは、雪崩そのものではなく「その日が雪崩の危険な日だったかどうか」を予測対象に置き換えた。

  • 公報の危険度レベル(5段階)のうち、レベル1〜2を「非雪崩日」、レベル3以上を「雪崩日(Avalanche Day)」と二値で定義
  • 1シーズンに雪崩日が何日あったかを示す「雪崩日頻度(ADF:Avalanche-Day Frequency)」を季節ごとに算出
  • これを風成スラブ・永続弱層スラブ・湿雪の3つの雪崩タイプ別に評価

学習には2016/17〜2023/24年の8冬分の公報を教師データとして使い、入力には高解像度(3km)の再解析データ「NORA3」と、積雪物理モデル「SNOWPACK」が出力する積雪安定度指数を与えている。将来予測には気候モデル(EC-Earth、GFDL-CM3)のRCP4.5・RCP8.5シナリオを接続した。

項目内容
対象地域ノルウェー北極圏・トロムス県の5警報地域(Nord-Troms / Lyngen / Tromsø / Sør-Troms / Indre Troms)
対象期間再構築:1970/71〜2023/24年 / 将来予測:今世紀末(〜2100年)まで
機械学習手法ランダムフォレスト
入力データNORA3再解析(3km)+ SNOWPACK積雪安定度指数
予測ラベル公報の危険度レベル3以上を「雪崩日」とする二値メトリクス
雪崩タイプ風成スラブ・永続弱層スラブ・湿雪の3種
将来シナリオ気候モデル EC-Earth・GFDL-CM3 / RCP4.5・RCP8.5

過去55年の傾向 — 冬は微減、春は微増

1970/71〜2023/24年を再構築した結果、季節によって反対方向の変化が見えてきた。

  • 冬季(12〜2月):ほぼ全地域で雪崩日がわずかに減少傾向(統計的有意性は限定的)
  • 春季(3〜5月):おおむね増加傾向
  • 通年:両者が打ち消し合い、年間の正味の変化は小さい

また冬季の雪崩日頻度は北極振動(Arctic Oscillation)と有意に相関し、その関係は特に湿雪の問題で最も強く現れた。

2100年に向けて — 「乾雪が減り、湿雪が増える」

将来予測では、雪崩タイプごとに対照的な未来が描かれた。

雪崩タイプ2100年に向けた予測
乾雪雪崩(風成スラブ・永続弱層スラブ)全地域で一貫して減少。RCP8.5で加速し、標高の低い地域では今世紀後半に雪崩日がほぼゼロへ
湿雪雪崩標高の高い地域では増加し、後半には支配的な雪崩タイプに。低標高は今世紀半ばに増加→後半は雪自体が減って減少に反転
雪崩の総危険度すべてのシナリオで全体としては緩やかに低下(RCP8.5でより速く)

温暖化が進むほど雪は減り、乾いた粉雪の雪崩は影を潜める。しかし暖かく湿った雪は、融雪期だけでなく次第に真冬の側へも広がっていく——というのが、北極圏の高地に向けられた予測である。

なぜ雪崩予報の「質」に関わるのか

研究が強く警告するのは、この性質転換が予報の前提そのものを崩しうるという点である。論文は、こうした転換によって「地域に固有の雪崩条件についての現在の知見が通用しなくなり、雪崩から人々を守る力が次第に失われていく恐れがある」と述べている。

実際、今回のモデルでも雪崩タイプによって予測の当てやすさは大きく異なった。

  • 風成スラブ:正解率 67〜83%(比較的当てやすい)
  • 湿雪:58%
  • 永続弱層スラブ:37%(最も予測が難しい)

皮肉なことに、これから増えると予測された湿雪・弱層型こそ、現状でも予測が難しいタイプである。「雪崩は減るから安心」とは言えず、むしろ予報の難易度が上がる方向に世界が動いている可能性を、この研究は示している。

なお、トロムス県では1748〜2024年の冬季に、雪崩で354人が亡くなった記録が残る。雪が減る時代にあっても、雪崩リスクが消えるわけではない——「総量は減っても、質と季節分布が変わる」という結論は、春先に湿雪雪崩のリスクが高まる日本の山岳にも通じる視点だ。

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出典・参考リンク