フランスアルプスの2025-26冬季シーズン総括レビューが、2026年3月に公開された。死亡30名・事故24件という深刻なシーズンとなった。
背景にあったのは、11月初旬に高標高で形成された脆弱層(faceted snow、角柱状雪)が、1〜2月の暴風雪で3m以上の積雪下に埋設されたという構図である。冬全体を「深層持続型不安定(Persistent Weak Layer)」が支配したシーズンだった。
フランスでは観測史上4番目に暖かい冬となりながら、2月の降水量は1959年以来最多。異常な気象条件が重なった冬でもあった。
シーズンの主要データ
| 指標 | 内容 |
|---|---|
| 死亡者数 | 30名 |
| 事故件数 | 24件 |
| 事故集中期 | 2025年12月26日〜2026年2月22日 |
| 危険度別内訳 | レベル4:11件 / レベル3:10件 / レベル2:3件 |
| 気象の特徴 | 観測史上4番目に暖かい冬/2月降水量は1959年以来最多/2月は1900年以来2番目に暖かい |
「見えない脆弱層」が冬全体を支配したシーズン
このシーズンの核心は、11月の高気圧期にある。
秋の晴れた日が続くなか、高標高では冷たく乾燥した環境が続き、積雪内に脆弱層(faceted snow、角柱状雪)が形成された。その後、12月末から始まった連続的な暴風雪によって、この脆弱層は3m以上の積雪の下に埋設された。
深く埋まった脆弱層は、外からは見えない。表面は安定して見える。
しかし内部では、3mの雪の重さがゆっくりと脆弱層にかかり続けている。そして特定の条件が重なったとき、大規模な雪崩として突然現れる。これが「深層持続型不安定」と呼ばれるシナリオである。
レベル4(非常に高い)での事故が11件に上ったことは、警報が適切に機能していたことを示している。一方で、危険度の高い状況下でも山に入った人が多かったことも、同じ数字から読み取れる。
経験者ほど被災するリスク
このシーズンの最も重い特徴のひとつが、被害者の属性である。
pistehors.com の総括は、被害者層を次のように整理している。
- 地元のスキーヤー
- 経験豊富なスキーツアラー(バックカントリーツアー登山者)
- アルピンクラブ(フランス山岳会)の会員
- プロの山岳従事者(山岳救助・パトロール・職業ガイド等)
- ガイドツアーの参加者
具体例として報告書は、以下の事例を挙げている。
- 「経験豊富なスキーパトロール」が犠牲となった事例
- 「地元フランス山岳会の会員2名」が同時に犠牲となった事例
- 「プロの山岳ガイドとそのクライアント」が雪崩に巻き込まれた事例
観光初心者ではない。雪と山を熟知した層が、連続して命を落としている。
これが、このシーズンの輪郭である。
「判断ミス」ではなく「予測不能な構造」
なぜ経験者でも回避できなかったのか。
pistehors.com の総括は、この点について明確な見方を示している。
「これは必ずしも判断ミスを意味するものではない。むしろ、深層持続型脆弱層が支配する積雪を扱うことの本質的な難しさを反映している」
深層持続型不安定(Persistent Weak Layer, PWL)の最大の特徴は、その休眠と発火の予測困難性にある。
報告書はこのメカニズムをこう描写する。
「このような脆弱層は長期間にわたって休眠したままでいることがあり、ごく限られた特定の場所でのみ発火することもある。結果として、数週間にわたって多くの斜面が安定しているように見える一方で、孤立した一部のエリアが大規模な雪崩を発生させる能力を保持している」
ここに、経験ベースの判断が機能しなくなる構造がある。
「先週、この斜面で問題は起きなかった」「他のパーティーが通過しても何も起きなかった」——こうした観察は、表層の不安定性(風成スラブ、新雪、ウェット)には有効である。
しかし、深層持続型不安定の前では、何の保証にもならない。
今日まで休眠していた脆弱層が、今日のその一歩で初めて発火する。それが PWL のシナリオである。
レベル4・5が連発される中での入山判断
報告書は、このシーズンに「冬の暴風雪はレベル4、さらにはレベル5の日々を多くもたらし、バックカントリー利用者を警戒させるべきだった」と指摘している。
実際、レベル4(非常に高い)下で起きた死亡事故は11件——全体の46%——に上った。
これは、警報そのものが見落とされたのではない。警報を承知の上で山に入った判断が、結果として誤りだったことを意味している。
レベル4で入山する判断には、複数の経験的根拠が積み重なっていることが多い。
- 「過去のレベル4日でも問題なく滑れた」
- 「この標高帯・斜度なら大丈夫」
- 「今日のパーティーは熟練している」
しかし、深層持続型不安定は、これらの経験則を無効化する。
問題は地表に近い表層ではなく、3メートル下に潜む見えない層にある。過去のレベル4とは、違うルールで動いているからである。
事故件数の危険度別内訳——レベル4:11件、レベル3:10件、レベル2:3件——を見れば、レベル3以下の「いつもなら入る」状況下でも死者が出ていることが分かる。
深層持続型不安定の下では、危険度の低下は必ずしも安全の回復を意味しない。
雪崩予報機関は積雪全体の総合判断として危険度を発令している。だが PWL シナリオでは、危険度が下がっても、深層の問題は解消されていない場合がある。
専門家の判断でも防げないとき、何が残るか
このシーズンの30名・24件という数字は、世界の雪崩研究コミュニティに対して厳しい問いを突きつけた。
雪崩予報を担う組織の中核には、長年の現場経験を持つ専門家がいる。山岳ガイドは、まさにそうした専門家層の代表である。
そのガイドがクライアントを伴って雪崩に巻き込まれている——この事実は、知識量や経験年数だけでは突破できない壁の存在を示している。
pistehors.com の総括は、判断の枠組みを根本から再考する必要性を示唆している。
深層持続型不安定が支配するシーズンでは、個別斜面の安定性評価そのものが原理的に困難になる。シャベルテスト・コンプレッションテスト・スノーピット観察といった現場検証も、3メートル下の脆弱層を直接確認することは難しい。
結果として、残されるのは「地形選択(terrain choice)」である。
つまり、そもそも PWL の可能性がある斜面に入らないという、最も原始的かつ最も強力な対処法に立ち戻ること。
シーズンを通して観測された事故パターンは、現代の雪崩科学が深層持続型不安定を相手にする際の限界点を改めて浮き彫りにした。
経験は無力ではない。しかし、ある種のシナリオの前では、経験の積み重ねよりも「入らない判断」のほうが価値を持つ。
これが2025-26シーズンのフランスアルプスから、世界の雪崩コミュニティが受け取った最も重い教訓である。