Research / データ分析
北アルプス冬季山岳遭難の10年
― データが語る構造変化
長野県警察の山岳遭難統計をもとに、北アルプスに限定して、2015年から2024年までの10シーズン・171件の冬季(12月〜3月)遭難事案を分析した。浮かび上がったのは、バックカントリーブームの加速と、2023年に突如現れたインバウンド遭難という新たな現実だった。
10年間で171件 ― まず全体を俯瞰する
北アルプスの冬季遭難は、年間10件から25件の幅で推移してきた。最も少なかったのは2016年と2018年の各10件、最も多かったのは2019年(令和元年)の25件である。直近の2023年・2024年はともに21件と高い水準が続いている。
死亡事案(死亡・行方不明を含む事案)は年間1〜6件。2018年は遭難10件に対して死亡事案が6件と、件数は少ないが致死率が極端に高い年だった。
月別に見ると3月が最多(61件)で、2月(54件)、1月(41件)と続く。12月は15件と少ない。3月に集中する背景には、春山への移行期における気象の急変、雪崩リスクの変化、そして入山者数の増加がある。
遭難の主役が「登山」から「BC」へ
この10年で最も明確な変化は、バックカントリー(BC)関連事案の割合の上昇である。
2015〜2019年の5シーズンでは全体の47%だったBC関連事案は、コロナ禍の2020〜2021年に62%へ急伸し、2022年以降も61%で高止まりしている。2015年頃は年3〜4件に過ぎなかったBC関連事案が、近年は年10〜15件にまで増えた。スキー場のゲートからバックカントリーへ出るスタイルが定着し、SNSでパウダー映像が拡散される中で、冬季遭難の性格そのものが変わった。
2023年、外国人遭難がゼロから現れた
2015年から2022年までの8シーズン、北アルプスの冬季遭難に外国人が登場することはなかった。統計上、完全にゼロである。
それが2023年に2件、2024年に3件と突然記録された。5件すべてがバックカントリー関連で、発生場所は白馬エリアに集中している。
| 年 | 場所 | 国籍 | 結果 | 状況 |
|---|---|---|---|---|
| 2024 | 小谷村山林 | 豪 | 重傷 | 6人パーティ、BC滑走中に転倒 |
| 2024 | 白馬村山林 | 豪 | 無事 | 単独スノーボード、道迷い |
| 2024 | 唐松岳 | 西・日 | 無事 | 3名、BC道迷い |
| 2023 | 白馬乗鞍岳 | 米・豪 | 死亡2 | 天狗原でBC中に雪崩 |
| 2023 | 唐松岳 | 中 | 重傷 | 7人パーティ、滑走中に雪崩 |
2023年の白馬乗鞍岳天狗原での雪崩事故は、アメリカ人2名が死亡した深刻な事案だった。本データセットの対象期間内で外国人の死亡が記録されたのはこの1件のみだが、対象期間以前や統計に反映されていない事案の存在は否定できない。
全体に占める割合はまだ3%に過ぎない。しかし、「10年間ゼロだったものが突然現れた」という事実そのものが、白馬エリアへのインバウンド流入の勢いを映している。円安とパウダースノーの国際的な評判を考えれば、この数字が今後増えることはあっても減ることは考えにくい。
コロナ禍が残したもの
パンデミックの影響を見るために、コロナ前(2015〜2019)、コロナ期(2020〜2021)、コロナ後(2022〜2024)の3期で比較した。
コロナ期は入山者減に伴い年平均14.5件とやや落ち込んだが、BC比率は逆に62%へ上がった。「密」を避けてアウトドアへ向かった層がBC人口を押し上げたと考えられる。
注目すべきは、コロナ後もBC比率が61%で定着している点だ。一過性のブームではなく、構造的な変化だったということになる。一方、死亡事案の年平均はコロナ前3.0件、コロナ後2.7件とほぼ横ばいで、遭難件数の増加が直ちに死亡率を悪化させているわけではない。
唐松岳48件、白馬乗鞍岳28件 ― 事故は集中する
遭難の発生場所は驚くほど偏っている。唐松岳が48件(全体の28%)、白馬乗鞍岳が28件(16%)。この2山だけで全遭難の44%を占める。
さらに注目すべきは、上位に並ぶ山の共通点である。唐松岳、白馬乗鞍岳、乗鞍岳、五竜岳・小遠見山、西穂高岳――いずれもリフト、ゴンドラ、またはロープウェイによって中腹までアクセスできる山である。索道を利用して標高を稼いだ上で、バックカントリーや冬季登山に入るケースが大半であることを、このデータは示唆している。索道アクセスが可能な山域での遭難は、10年間の累計で119件、全体の約70%を占める。
唐松岳は八方尾根スキー場を起点とするBCルートが人気だが、稜線付近は冬型の気圧配置で暴風にさらされやすく、視界不良による行動不能や滑落のリスクが常にある。死亡事案10件も全山中で最多である。
何が人を遭難させるのか
行動不能(59件)
最多の態様。悪天候やホワイトアウトで視界を失い、沢に迷い込んで脱出できなくなるパターンが典型的だ。多くは救助によって無事帰還しているが、対応が遅れれば低体温症に至る。
滑落(41件)
稜線のアイスバーン上での滑落は重傷・死亡に直結しやすく、唐松岳周辺に集中している。
雪崩(30件)
件数では3番目だが、死亡に至る確率が格段に高い。複数名が同時に巻き込まれるケースも多く、1件あたりの被害規模が大きい傾向がある。
北海道との違い、そしてこれから
HokkaidoWilds.orgが2026年3月に発表した北海道の冬季遭難分析と比較すると、同じ「冬のバックカントリー遭難」でも性格がかなり異なることがわかる。
北海道のBC遭難は索道利用(サイドカントリー)が中心で、外国人が遭難者の約60%を占め、主因は「道迷い」。森林帯の中で現在地がわからなくなるケースが大半だ。一方、北アルプスは3,000m級の稜線を含む急峻な地形が舞台であり、外国人はまだ3%にとどまるものの、主因は「行動不能」「滑落」「雪崩」と、命に直結する態様が上位を占める。地形が違えば、遭難の形も違う。
今後注視すべき点が3つある。
第一に、白馬エリアへのインバウンド増加は現在も続いている。北海道では外国人のBC遭難が年間数十件規模に達しており、北アルプスでも同様の推移をたどる可能性がある。
第二に、救助リソースへの影響。データにはヘリコプターの出動を伴う事案や、延べ数十名規模の捜索が行われたケースも含まれている。
第三に、入山者数データの不在。北海道では国土交通省が2024/2025冬季にBC入山者数の観測を開始しており、遭難「率」の議論が可能になりつつある。北アルプスでも同様に、BCゲートの通過数を把握できれば、リスクの定量評価と対策立案の精度は大きく上がる。遭難の「件数」だけでは、問題の大きさを正しく測れない。
データについて
長野県警察本部が発表する山岳遭難発生状況(年次統計書)から、北アルプス管内の冬季(12月〜3月)事案を抽出した。対象は平成27年度(2015年)〜令和6年度(2024年)の10シーズン・171件。事案番号は原則として統計書と照合済み。複数の遭難者を含む事案は1件としてカウントしている。「バックカントリー関連」は遭難状況の記述中に「バックカントリー」「BC」「スキー」「スノーボード」を含むものとして判定した。